タンザニア紀行 ⑬

 サファリから帰って、モシで2日間過ごした。
 特に何かをする、という予定のない日々、トニーの案内で、土産物などを買いながら、ゆっくりとモシの街を歩いた。
 モシにも鉄道の駅がある。かつては乗客を乗せた列車が、定期運行していたという。
けれども今は時々貨物列車が来ることもあるらしいが、線路は、道路代わりに人が歩いていて、駅舎は埃だらけ、廃屋になりかけている。なのに、警察官がホームのベンチに腰掛け常駐している。また、定期運航が再開されるらしい。
線路を歩いてモシの駅へ。 モシ駅のホームのポリス

 モシでも市場に出かけた。物があふれ活気にあふれている。そんな中、人々は足を延ばしたまま、前かがみ、言わば前屈の姿勢で作業する。
  モシのバザール前屈で作業する人

 







 タンザニアでモップというもの見たことがない。ホテルで、従業員が、雑巾がけをする様子を見ていると、大きな布を足を延ばした前屈姿勢で、左右に拭きながら後ずさりしてくる。ひざを折って前方へ駆け抜ける日本式とは真逆。アフリカンは、腰骨の付き方が我々とは違っていて、この姿勢で、全く疲れないらしい。腰痛もほとんどない、ということだ。

 昼食に、トニーがよく来たという店に連れて行ってくれた。
 彼が、サンヤジュウに赴任していたころ、毎週のように都会の空気が吸いたくてモシに来ていた。
 サンヤジュウ中等学校には、ピアノがないので、よくこの店のピアノを弾かせてもらった、という。このピアノをまたトニーが弾いた。ホンキートンク、調律をしばらくしていない、懐かしい音がした。

パモジャカフェの看板 パモジャカフェのリチャードのママが、料理ができるトニーのお父さんに日本料理を教えてほしいと言われ、店の厨房で、料理を作ることになった。
 日本食と言って、もこちらで手に入る材料と、こちらの人たちの口に合うものはどういうものかと相談した。すき焼きなどの砂糖を使う料理は、多分口に合わない。新鮮な魚は手に入りにくいので、てんぷらもできない、ということで、チキンをベースにした野菜スープ、そのスープで雑炊とラーメン、それから、チキンライス、それを卵で包んで、オムライスを作ることにした。
 オムライスのどこが日本料理なのか、ご飯にオムレツを乗っけるという発明料理は、和洋食の代表なのだ。カレーライス、とんかつ、ラーメンと同じく日本の発明料理なのだ。
 ラーメンの麺は、赴任時代にトニーがよく作ったという重曹麺。重曹を入れた湯でスパゲッティーを茹でると中華麺のようになる。中華麺を作るときに使うかん水の役目を重層がするので、同じような麺にしあがる、というわけだ。
 僕が、チキンライスとオムレツを作り、お父さんが、野菜スープに続き、雑炊、トニーが、タンメンと醤油味のラーメンを作る。
 僕たちが、調理している様を従業員たちが見ながら、メモしたり撮影したりする。
 何とか調理を終え、みんなで試食した。おいしいと言ってくれたが、どうだったか。 出来上がった料理 
 ママたちがこれらの料理を店のメニューに入れるかどうかは分からない。入れたとしてタンザニア風にアレンジされるかもしれない。
 お父さんと、変な日本料理を教えたやつがいる、と言われるかもしれないねと話した。
 キリマンジャロ登山の帰りに、パモじゃカフェで、オムライスや、雑炊をメニューの中に見つけて食べる日本人や、めずらしいものを食べてみようとする現地の人々をあれこれ想像すると愉快になった。
                                                     (つづく)
スポンサーサイト

タンザニア紀行 ⑫

 6時45分頃起床。声がガラガラ、少し頭が重い。
 他の客がほとんど出発し、人がいない食堂で、遅いいつもの朝食を取り、出発。
設置されているテント









 マニャラ湖を一望できる展望台に行く。
 物売りの男に声をかけられたトニー、ネックレス3ドル?それモシで1ドルで売ってるよ、とスワヒリ語で言ったものだから、かれは 急にトーンダウン。参ったなといった様子。
 マニャラ湖 トニーと物売り 









 そこからしばらく走り、スモーキーリバーという町で車を降り、案内人の後をついて歩く。 バナナ畑、田植えの様子などを見て歩く。
 日本と同じような田植えをしているな、と思った。
田植
 帰国して、タンザニアのテレビ番組を見ていたところ、タンザニアの稲作はジャイカの指導で、日本式を導入しているのだそうだ。

 子供達がニコニコと穏やかで人なつっこい。Yとお父さんも笑顔で子供たちにアメをあげたりしている。
 最後に定番のお土産屋さん、実演の木彫りの店に行く。興味深かったが何も買わない。

2子供達 1子供たち









 スモーキーリバーを出てからしばらく走り、次の町でダダとはお別れ。
ダダと









 その後地元の人が行くと思われる普通の店で山羊の肉を食べる。
 焼いただけのぶつ切りの肉を手づかみで塩とライムだけつけて食べる。
 山羊は初めて食べたが、マトンのような臭みは全くない。肉は様々な部位があり骨についているのをかじったり、おおむね堅かったが、思ったよりもおいしかった。
1山羊の肉山羊の肉2










 そこからはひたすらモシにむかってボマの街を抜けアリューシャを通り過ぎ広大なトウモロコシ畑をみながら、2回車はオーバーヒートして止まり、モシのバックパッカーズホテルに5時半頃到着。
フレッドと フレッドとはここでお別れ。

 サファリに行く前の部屋は狭く扇風機が壊れていたので1階の部屋に変えてもらう。
 洗濯ものを出し、お湯がちゃんと出るシャワーを浴びる。
 リチャードのママにサファリから帰ってきた報告をし、近くのイタリアン・インディアンレストランで、2種類のカレーと2種類のナンの夕食。
 タンザニア旅行の主な予定は今日で終了。後はゆったりと余裕をもって予備の日を過ごすことになる。
                                                     (つづく)

タンザニア紀行 ⑪

ンゴロゴロの塩水湖 ンゴロゴロ国立公園は、クレータ、つまり噴火の後の大きな窪地。その周りの山の上からクレーター全体を眺めると中心にある塩水の湖が水蒸気を漂わせながら広がる。素晴らしい絶景である。
 ところが、ちょうどここでカメラの電池がなくなる。これから続く興味深い動物たちの写真を撮ることができない。
 ンゴロゴロは水が豊富なため、放牧されているかのように草食動物が沢山いる。冠鶴やフラミンゴなどの鳥たちも沢山いた。シマ ウマの群も大きい。ライオンに食われたバッファローの骨もみた。
 眺めのいい、カバの住む池のほとりに椅子を並べて、ランチボックスを広げる。
 青空が広がり、カバが時々頭を出す。セレンゲティーのカバ池とは違いきれいな水をたたえ、水草が茂っている。
 隼に似た小型の猛禽類が上空、目の前をフォバーリングするように飛んでいる。
 食べているチキンを狙って、急降下してくるのには驚いたが、間近で見る飛行する鳥の姿は美しかった。
 ランチを終え、しばらく走ると道の脇に雄のライオンがうずくまっている。
 すぐ脇に車が止まっていて動かないので他の車が沢山たまっている。このライオンは、弱っているのか疲れているのか、動かない。
 脇の車も動かないので、ほかの場所へ移動すると、少し離れた所に雄3匹メス1匹のライオンがいる。用を足すライオンもいた。
 バファロー、シマウマ、トムソンガゼル、インパラ、ゾウ、キリンなど沢山の草食動物の群れを見て、クレーターの山道を登る。
 クレーターを出て、また草原のでこぼこ道を走り、ンゴロゴロ国立公園の出口を出ると舗装道路。
 舗装されている道路の振動のなさ、心地よさを感じていると、フレッドが、アフリカンマッサージからイングリッシュマッサージ、と言って笑わせた。

 5時頃今日泊まるキャンプ地に着く。キャンプ場と言っても、テントは設置されたもので中にはベッドがある。
 一応お湯のシャワーが使えるので頭を洗い髭を剃り、3日ぶりに着替えをし、さっぱりした。
 夕食はピラフ、ポテトチップス、アボカドのサラダ、スイカ、パイナップルなど沢山。でもお腹の調子がイマイチで風邪気味、あまり食べられなかった。
                                                      (つづく)

タンザニア紀行 ⑩

 キャンプ場に着いた頃には雨は止んだ。
 ダダが出してくれたお茶で冷えた体をあたため一息つく。
 バルーンの着陸地点で食べるはずだったので、朝食の用意はなかったけれどダダに頼んで作ってもらう。パン、卵焼き、チャパティ―、クレープ、スイカ、パイナップルのデザート。おいしかった。
 食事を終えたころ天気が良くなり青空が、出てくる。
 今日はセレンゲティーを後にする。
ハゲコウ  キャンプ場を出発する準備が整うまでの時間、人の少なくなったキャンプ場で、ゴミをあさってうろうろしているハゲコウという大きな鳥を追っかけたりして、のんびり過ごしていると、二人の男が、焚き火で、ピッザを焼いている。
 この焚き火は、キャンプファイヤーのように遊びで焚いているのかと思っていたが、調理用なのだった。
 フライパンにピッザの材料を入れ、熾火になった薪で上と下から熱っしている。不安定なフライパンが傾き、ふたが取れたり、薪が転がったりする。
ピッザを焼く  ふたの上に薪を乗せるのに大きなスプーン状のお玉を使うものだから、なかなかうまくいかない。火箸やトングを使えば楽にできるのに、と思ってしまう。
 しかし、これがアフリカンスタイルなのだろう。利便性や合理性は、たいして重要ななことではないのだ。
 昨夜食べたピッザも、こうやって、だましだまし焼いてくれたものだと思うと、とてもありがたく思えてくる。

 気持ちの良い青空の下、キャンプ場を出発。
 ところが、しばらく走って、ランドクルーザの右側のステップがはずれる。フレッドはそれをスペアタイヤの上に縛り付けて走り続ける。
 まるで、装甲車のような頑丈な車だが、古い車なのでガタが来ているのかもしれない。
 それから、セレンゲッティーの出口へ向けて、長い真っ直ぐな道を走っていると、雌ライオンが車のすぐ近くを歩いているのに遭遇。車のわきを何事もないようにゆっくり歩いて去って行った。
ライオン1 ライオン2









 ライオン3 ライオン4









 バルーンには乗れなかったけれど、最後にすごいものに出会うことができた。
 その後キリン、ダチョウたくさんのトムソンガゼルなどを観ながら走り続ける。
 そんな何もない草原の中、マサイの人だろうと思うのだが、ヤギや羊を放牧している人が所々にいる。車に乗せてもらうために道路わきで手を振っている人もいる。また、布で体を覆い杖以外何も持たずに、一人で見渡す限りの草原を歩いている人もいた。
 そしてまた車がオーバーヒート。
 フレッドがどこかで水をくんできてラジエターに注いで、また走り出す。
 セレンゲッティーの関所を抜け、ンゴロゴロ国立公園のクレーターの入口に着く。
                                                 (つづく)

タンザニア紀行 ⑨

 5時半、真っ暗な中バルーンの迎えの車が来て、数か所のキャンプ場から我々の他に4人の西洋人を乗せ、バルーンの出発地へ行く。途中雨がまた降った。
 暗い草原の中にバルーンのバーナーらしき炎がみえる。
 横たわったバルーンの姿が見えるようになったころパイロットから飛行の注意などの説明を英語でうけ、飛行機のシートベルトのようなベルトをわたされ、装着して待機。
バルーンのバスケットの前で 広い草原にバルーンが3機横たわっている。
 風が強く寒い。ダウンジャケットを着ている人がいるようななかで薄手のジャンバーしか着ていない僕は、Yのスカーフなどを首に巻いてじっとバルーンのバスケットの陰に隠れるようにして出発を待った。
 このバスケットには、16人もの人間が乗ることができる。
 トニーは、どちらが前になるのか、自分たちの座席はどこになるのか、気になるのか、スタッフ達と話をしている。
 風が強くて、今のところ飛べないそうだが、はやく飛びたい、と言ったら、昨日お前は、ゆっくり飛びたいと言ったじゃないか、と言われてしまった、とのこと。ここでもトニーの回りでは笑いが広がっている。

バルーンと日の出 大草原に太陽が昇り始める。この日の出、バルーンから眺めるはずなのでは……。
 太陽が昇りはじめてもバルーンは出発する気配なし。
 結局強風の為バルーンは飛ばなかった。
 パイロットは、セーフティーファーストだと言った。
 そしてまた雨が降り出した。

 これを書いている9月10日、半年かけて準備した北海道のサーモンフィッシングの出発を明日に控えながら、今までにない大雨のため、キャンセルせざるを得なくなった。
 地球の天候は、やはりおかしくなっているのかも知れない。
 ただ、自然が相手の場合人間の思惑通りには、行くはずもないのだが……。
                                                   (つづく)

タンザニア紀行 ⑧

 生々しいヒョウを見た後キャンプ場に戻りピッザの昼食をとり、テントで横になったが、冬とはいえ赤道直下の日差しは強烈で暑かった。
 その後、明日バルーン(熱気球)に乗るための申し込みに行く。
 サバンナの夜明けと動物たちを空から眺めるのだ。
大きなネズミ? オフィスの周りには、マングースや、大きなネズミのような動物がいる。
 トニーが係りの人にどれくらいの時間飛んでいるのだと聞くと、1時間ぐらいだが、風の状況によっては30分くらいになるかも知れない、終わったら、シャンペン付きの朝食でお祝いする、とのこと。
 一人ひとり書類にサインをさせられる。事故が起こってもすべて自己責任、といったことが書いてあるらしい。

 その建物の入り口に従業員だろうか、若者たちが数人いて、トニーに話しかけている。そして、楽しそうにみんな大笑いしている。
 聞くと、若い女性がその中にいて、この子と結婚しないか、と冗談で言われたトニーが、じゃあ日本へ一緒に帰ろう、と言ったのだという。
 この手の冗談はよく言われるのだけれど、じゃあこれから、教会へ、などと半ば本気モードで返すと、うそうそ冗談、と慌てて言うのが面白いとのこと。
 それにしても、トニーは、タンザニア人とじつに楽しそうに話す。
 赴任中のタンザニでいやな人に会わなかったと言うが、タンザニア人の大らかさにもまして、トニーの人柄によるところが大きいのではないか、と思った。

 手続きを終え、帰ろうと車に乗ると、エンジンがヒートアップしたのか、車が動かない。フレッドがラジエターに水を入れるなどして、何とか動くようになったが、近くの修理場へ相談に行く。その頃また雨が降った。

 夕食は定番料理の牛丼。
 鼻の奥がすこし痛い。土ぼこりと、明け方の寒さで風邪をひいたのかもしれない。
 明日はバルーンに乗るため5時半出発予定、風邪薬をトニーと一緒に飲み、すぐに寝る。
                                                 (つづく)

タンザニア紀行 ⑦

 照明がないので、テントにいてもすることがなく、寝るしかない。
 寝袋の中でうとうとした頃、獣声が聞こえる。動物たちの世界の真ん中にいるのだと実感する。

 眠るのが早かったので暗いうちに目が覚める。
 朝食をとり。7時半頃出発。
 すぐにトムソンガゼルなどの草食動物がすぐ近くで群れになり、時には車の前を横切ったりするのを見ることができる。
 ランド・クルーザーの屋根を開けそこから動物たちを観察する。
トムソンガゼル インパラの群れ
 









めずらしい動物がいると  同じような車がたくさんたまっている場所がある。何か珍しいものがいるのだ。フレッドが、チータらしいと言う。遠くの樹の陰にかろうじてチータらしきヒョウ柄が見える。
 肉食獣は、食物連鎖の頂点にいるので、数が少なく出会う確率は低いのだが、出発して30十分もしないうちの出会いにトニーも興奮気味。
 トムソンガゼルや、シマウマ、バッファローなどは、普通にどこにでもいる、といった感じで出会えるが、同じ草食動物でもゾウには2度しか出会えなかった。
 ライオンには、この日あまり近くでは出会えなかったが、バッファローの近くで休んでいるメスの群れを見ることができた。禿鷲が舞っていたので獲物を倒した後なのだろうと思われる。
 水辺にいるクロコダイルはあまりはっきり見えなかった。
ゾウの向こう側を走るカバ カバ池のカバ









 カバは走っているところをゾウと一緒に見る。
 そのカバとは別な場所にカバの池というところがある。100頭以上のカバが折り重なるように泥の中で、かたまって寝ている。もう大変、ドロドロで、糞も垂れ流し、少し臭う。
ヒョウ ヒョウが仕留めたガゼル









 午前中最後に、また何か珍しいものがいるのか、数台の車が集まっている場所があった。
 どうやらヒョウがいるらしい。
 遠くの木の上にまさにヒョウ柄のしっぽが見える。
 フレッドが、道を外れて、その木の真下まで車を移動してくれた。
 5メートルほどの高さの樹の股にヒョウが両足を垂らして休んでいる。仕留めたトムソンガゼルを近くの枝にかけている。ヒョウは、仕留めた獲物を他の獣にとられないように、木の上に運び、何日もかけて食べるという習性を持っている。
 生々しい食物連鎖の現場を見た気がした。
                                                              (つづく)
プロフィール

森秀文

Author:森秀文
多摩美術大学絵画科卒
長く木版画の制作にいそしむ。
1991年頃よりオカリナの制作を独学で始める。
オカリナ演奏を山本千恵子に師事。
ギター演奏を長谷川郁夫に師事。
現在「くじらギター重奏団」メンバー。
ルアー・フライフィッシング、野菜の栽培も行っている。

カレンダー
08 | 2016/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
検索フォーム
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
カウンター
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる