予定通りには…

 10月29日(木)
 久しぶりの開成水辺フォレストスプリング。管理釣り場である。まあ広義の釣り堀なのだが、ルアーや、フライなどの疑似餌を使う釣り掘りを管理釣り場、略して管釣。そこでの釣りをエリアフィッシングなんていう。
 数ある管釣の中で開成水辺FSに行くのは、魚のサイズが大きいことがその最大の理由。管理棟や、レストランがおしゃれできれいなことも……。
 天気は曇り、平日なので人が少ない。それにしても見渡しても釣り人は3人くらいしかいない。こんな貸し切りみたいなのは初めて。いつも人がいない北海道の恵庭10パウンドを思い出す。
    1510291ポンド
              ほとんど人のいない第1ポンド
 今回の目的は新しいとんがりくんのテストが主な目的だが、釣れない釣りを2回続けたので、魚を釣りたいというのが本音。だから、今日は最低でも30匹は釣る予定、だったのだが……。
 とんがり君は蛍光色の着色方法を変えたので、それがどれくらいの効果を出すか、期待したのだが……、釣れない。魚は跳ねていて、活性は良さそうなのだが、釣れない。
 釣り始めて30分ほどして、やっとヒット。最初から40㎝オーバーのニジマス。これからかな、と思ったが、その後もフライをいろいろ変えてみたが駄目。
    151029ニジマス   151029イワナ
            ニジマス                     イワナ
 10時半頃から12時半に昼食をとるまでわずか6匹。ただ、ほとんどが、40㎝超えなので、引きは強く楽しめた。
ビーフカレー昼食は、いつものビーフカレーとコーヒー。

 さて、ここ開成FSではマリモドライというオリジナルのフライがあり販売もしている。このフライを使うと時間帯によっては信じられないような爆釣ができる。
 で、このマリモフライを今回も使ってみたが、ぽつぽつとしか釣れない。
3時頃から、ライズがはじまったが、時々反応する程度。5時が終了時間なのだが、4時半を過ぎても、釣果はやっと20匹。
 今日は、爆釣はないか、と薄暗くなった池を眺めながら最後マリモドライを使ってみると、まさに入れ食い。7分間で8匹も釣った。
キャスティングして5秒以内にアタックしてくる。フッキングしなくてもまたすぐ食ってくる。釣り上げるのに1匹平均1分以内。バラシがなければもっと釣れたかもしれない。まだ釣りたかったが、時間切れ。

 このマリモドライだが、以前作り方をスタッフの方に教えてもらおうとしたら、はぐらかされてしまった。企業秘密?
でも、作り方、分かってしまった。なので僕は全部自分で作っている。まあ現物を見ればフライタイイングの経験のある人なら作り方は想像できるし、その通り。
 隠すほどのことでもない。マテリアルはエルクヘアー。マドラーフライのヘッドの部分ように巻いて、球体に刈り込むだけ。球体に刈り込むのに慣れないと時間はかかるが、うまく球体に刈り込むことができればうれしい。
 しかし、こんなフライにどうして魚が跳びついてくるのだろう。
 疑似餌は、水棲昆虫や、餌となる小魚を模したものだという。そこの魚が食べているものに似たもの(マッチザベイト)を使うとよく釣れると言われている。
 マリモドライは、何に似ているのだろうか。昆虫ではない。魚でもない。これは、養魚場で、与えられているペレット状の餌を模したものだろう。だからペレットを知らない自然の魚は釣れないかもしれない。しかし、まだ試したことがないので何とも言えないが、自然の川、といってもニジマスが自生できるのは北海道だけで、ほとんどの川では養魚場育ちの魚が放流されているので、釣れるかもしれない。
 ところが、とんがり君などは、いったい何に似ているか、といえば、何にも似ていない。これで、海の魚も、鯉も、鮭も、今年の4月には犀川でほとんどネイティブ化したブラウントラウトの大物も釣ったことがある。ほとんどオールマイティーなのだ。
 ルアーの起源とされるスプーンは、ただの金属片だが、ひらひら泳ぐ小魚に見えるのだろうか。どうして魚が食いつくのか、今だに詳しいことは分かっていないらしい。
 魚が疑似餌に食いつくのは、1、餌と見間違える。2、捕食活動のキーを刺激されて、反射的に食いつく(リアクションバイト)。3、敵だとみなして攻撃のために食いつく。の3つが考えられるが、とんがり君は、おそらくリアクションバイトと攻撃だと思われる。ただ、活性の悪い時には、どのようなものを使っても釣れない。
 時間と場所が、釣りにおいては、一番重要な要素になる。なかなか予定通りにはいかない。

 帰宅して、夕食後キープした2匹のニジマスをさばき、1匹は、切り身に、もう一匹は甘酢漬けにした。
それから、釣り具の片付けをすると、11時を回っていた。疲れた……。


 

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いちょうホールロビーコンサート

 10月24日
 ロビーコンサート今日は、じらギター重奏団のいちょうホールロビーコンサート
 このコンサートは、くじら結成の年から毎年行っていて4回目になる。最初のころに比べると、緊張しなくなったとはいえ、練習の時のような状態で演奏できるわけではない。
 今回は、オカリナの演奏はで1曲だけだったのだが、なぜかこの演奏が一番緊張した。
 さほど集客もしなかったのだが、60名を超える人が聴きに来てくれた。
 温かい拍手をいただき、時間が押していたにもかかわらず、アンコールまで演奏させていただいた。
 
 コンサート後、八王子の郊外のイタリアンレストランで、ランチ。
 ドライフラワーがつるしてある。明太子と大葉の和風パスタをいただいた。とてもおいしかった。
  ドライフラワー  パスタ

 窓の外を眺めると、田んぼで稲刈り後のハサカケ(刈った稲を棒に挟んで掛けて乾燥させる作業)をしていた。東京でこんなことをしているところがある。八王子はやはりまだ田舎なんだなと、ほっとした気持ちになった。
         ハサカケ

 帰宅して演奏の動画を見てみると、ギターの演奏は思ったよりもよかったが、いつものことながらオカリナの演奏は思っていたよりもいい演奏といえるものではなかった。
 オカリナの音は、演奏している時、自分に聞こえている音と、他の人が聴いている音に差がある。自分の出している音が客観的に聞こえていないようだ。録音などを聞くと音が微妙に外れていることがある。音が大きくなりすぎたり小さくなりすぎたり、思い込みで吹いているとしか思えない。演奏しているとき自分が出しているつもりの音を聞いているのだろう。
 慎重に自分の音を聞くようにはしているが、臆病な演奏になってしまうようにも思う。もっと練習しなければいけないということだろう。

 くじらギター重奏団は来年1月16日に昨年ロビーコンサートを行った団体から4組選抜されて、ステップアップコンサートに出演が決まっている。頑張って練習しなければ……。

作品と人間性

 芸術家がどのような、人間で、どんな思想を持っているのかということは、その作品を評価したり、理解したりするために語られることが多い。
 作品を理解するために、その人物の生い立ちまで調べるという指揮者もいるという。作品の成り立ちを調べることが作品の理解につながることは否定しないが、作品を作った人がどのような人であったか、ということと、作品との間にそれほど密接な関係があるのだろうか。
 映画「アマデウス」などを見ているとモーツアルトは人間的にはとても下品な人物として描かれている。別の映画では、モーツアルトの姉が「弟は、天才って言われているけどおバカだわ。」と言う。
 画家カラヴァッジオは、人殺を犯して、逃亡の果てに生涯を終えている。
 しかしそういうことが、モーツアルトやカラヴァアッジオの作品の評価にいささかも影響をあたえることはない。
 ところが我々は、作品と作者を同一視したがる。素晴らしい人間性を持った人が、素晴らしい作品を生み出すのだと。
 佐村河内事件では、彼の経歴つまり耳が聞こえないということを始めとする様々な嘘の物語が、作品の評価につながったことは間違いないと思われる。
 そして、さらに残念なことは、その人や作品の持っている思想、信条だけでで、作品が評価されることがあるということだ。
 かつて、といっても高々30年前、ソビエト連邦を初めとする社会主義国では、社会主義的リアリズム絵画しか認められなかった。音楽も文学もそうであり、ずいぶん多くの芸術家が西側へ亡命した。逆に共産主義者だというだけで、弾圧された作家や作品もたくさんあった。 クレーの絵
 画家パウル・クレーは「作品は私を通してでてくる」と言っている。作品は自分の思想や、意思や思い込みを超えたところから、エジソンの発明と同じく、努力の果ての1パーセントの霊感によって生み出されるものなのだろう。
 傑作は、小賢しい、いわゆる人間性などというものから、はるかに超えたところからやってくるものなのではないだろうか。そして、そうやって生まれた作品にしか我々は、本当には感動しないのではないか、と思う。
 大岡越前氏が、宗次郎の40周年記念コンサートのパンフレットの記述をめぐって、その人間性をいぶかり残念がっていたので、ついこんなことを考えてしまった。
 僕は、芸術至上主義者でも人間性を大切にしていないいわけでもない。いい作品を作る人はいい人であってほしい。しかしそうでない芸術家は多い。なぜならいい人間は、往々にして月並みだからだ。芸術家がエキセントリックで、狂気をはらんでいるということについては、認めざるを得ないのだ。
 僕は自分の行動には責任を持たなければならないと思う。しかし、人間は矛盾の塊で、こんなこと、どうしてしたのだろう、と思うようなことをしでかしてしまう存在でもある。
 一方で、ダニエル・キースが「アルジャーのンに花束を」について、こんな素晴らしい作品をどうすれば書けるのですか、と問われて「私もそれが知りたい」と答えたように、自分でも思ってもいないような素晴らしものを生み出すことができるのもでもあるのだ。   

くじらギター重奏団の練習

 10月17日
 今日は、くじらギター重奏団の練習日。9時から午後3時まで練習。
         くじら練習風景

くじらの練習3  来週八王子いちょうホールのロビーコンサートのリハーサルを兼ねている。オカリナは1曲だけ演奏します。
  みんな余裕?です。

 




ムラリのコーヒーとケーキ いつもは、5時まで練習しているてるのだが、今日は3時までだったので、長谷川先生が個人レッスンを行っている喫茶店ムラリで、コーヒーとケーキを食べながら、2時間、打ち合わせという名のおしゃべり、あっという間。

ちらしロビコン

坊主

 10月15日
 4㎝ジグスプーン 先週イナダを釣りそこなったので、アイをつけた新しいジグスプーンを作りリまた江ノ島裏磯に出かけた。このジグは、サイズは4㎝と短いが、27gもある。フラッシュドレッシングをつけて使うと魚がうねうね泳いでしているように見えた。しかし、ずんぐりむっくりであまり好きな形ではないので、また作り直そうと思っている。
     朝の裏磯
裏磯 朝 さて、今日は先週ほど混んではいなかったが、いつも釣っている場所は、石鯛をねらっている人が陣取っていて、入れなかった。ルアーマンが 僕以外に2人。
 全体に釣れている様子はない。
 たまにソウダ鰹があがっているようだったが、今日は坊主の人が多かったのではないか、と思う。イナダの姿は全く見なかった。
 隣のルアーマンは、33センチのサバを釣っていた。
 全く当たりのないまま、11時前に当たりがあったが、すぐ軽くなった。フッキングしなかったようだ。

 隣で釣っていた石鯛師、「朝から熱心に釣っているけど釣れました?」と話しかけてきた。釣れません、と答えると自分もそうだ、と言う。大きなカワハギを釣ってたじゃないですか、と言うと本命ではないので釣ったうちには入らないそうだ。 
                                                裏磯 昼
 裏磯 昼その後、1時過ぎまで粘ったが当たりなし。体力も気力も限界。納竿。
 他の人たちも釣れないのと疲れで釣り場に座り込んでいる。
 結局僕も坊主。
 釣りは釣れないのが常態。釣れない釣りも釣りのうち。
 
 アラスカのキングサーモン釣りに世界中から人々が毎年集まってきて、キングサーモンを手にするのはほんの一握りの人だけ、という。少なくはない金と時間と、様々な労苦を乗り越えて来るのに、釣れない……。そしてまた釣りに行く。
 釣りは悪魔の趣味、と言われる所以だ。
 日本中にどれだけの釣具屋があるだろうか。これだけの店が成り立っている、といことはいかに釣りをする人が多いか、ということだろう。

 ところで、魚が一匹も釣れないことを坊主というのは、お坊さんが殺生をしないから、魚を殺さなかったのでそう呼ぶのだとか。何でこんな言い回しをするようになったのだろうか。
 魚が好きで、生き物に興味があり自然が好きな人が釣り人には多い。なのに釣りをして魚を殺す。しかし魚や自然に人一倍興味を持ち大事にしている人が魚を殺しているという矛盾の中で、坊主なんて言い回しが出てきたのではないかな、と勝手に考えている。
 でも坊主はやっぱり悔しく気分のいいものではない。またすぐ釣りに行きたくなる。


道具作り

 オカリナの制作には、たくさんの道具を使う。
 手作りの道具が多い。
 今日も新しい道具を作った。千葉さんや鈴木さんにも紹介した、オカリナの内側をきれいにする道具。
イタリア製天然スポンジ 針金の先にスポンジをつけたもの。内視鏡手術よろしく指孔からライトで照らし、針金の先のスポンジを操作して、内側を滑らかにするために使う。
 針金の太さ柔らかさで、用途が色々違ってくる。
針金の種類は、直径3mmのアルミを使っていたのだが、今回使ったのは、百均で買った泡だて器の針金。
 で、今回は先につけるスポンジの種類を変えてみた。今まで、百均の化粧用に使うきめの細かいスポンジを使っていたのだが、今回水彩絵の具のぼかしなどに使う天然のスポンジ(海綿)を画材屋で買ってきた。                                           天然イタリア製海綿
 作り方は、簡単。針金の先にスポンジをゼリー状の瞬間接着剤でくっつける。
 接着剤がかたまってから、スポンジを球形にハサミで、刈り込んで形成する。ハサミは毛ばりを巻くときに使うものを使っている。
 スポンジの反対側にガムテープを巻いて、持ち手にする。 これで完成。
接着剤でスポンジをつける ハサミで刈り込む 出来上がり
   接着剤でくっつける         ハサミで刈り込み              完成 

 すぐ使ってみたら、きれいに球形にしたつもりが、水につけると膨らんで形が変わってしまった。もう一度刈り込んで球体にした。天然のスポンジは、やはり柔らかく、かつ弾力がありいい感じ。
    膨らんだスポンジ      再度刈り込み
       膨らんだスポンジ              再度刈り込み完成



自然農法

 自然農法というものがある。
 できるだけ自然に近い状態で、作物を栽培する、ということなのだが、農薬や化学肥料を使わない有機栽培よりももっと手をかけない農法だ。
 農薬や、化学肥料はおろか、肥料自体を使わない。そして、耕しもしないし、除草もしない。
 種を播いて、(究極的には、種も播かない)収穫するだけの農法。
 
 自然農法は、世界救世教の岡田茂吉によって提唱されたものらしいが、僕と自然農法の出会いは、福岡正信の著書「わら一本の革命」である。
 無耕起、無施肥、無除草。つまり、耕さず、肥料も施さず、草取りもしない、ということが具体的に書かれていた。
 とりわけ、耕さないでも作物ができる、というのには本当にびっくりした。
 福岡正信は、わら一本の革命の中で、自分が、自然農法にたどり着くまでの経緯を書いている。
 後に「無の思想」というようになる、何もしないでいい、という考え方は、僕が若かった頃似たようなことを考えていたこともあり、興味をもった。
 存命中、福岡正信の講演会に行ったこともあった。

 しかし、自然農法は、簡単ではない。
 合鴨農法を確立した、古野隆雄は合鴨農法に至るまでの有機栽培の苦労を無施肥、無除草、無収入。と笑って表現していた。
 福岡正信の著書を何度も繰り返し読んだ、という奇跡のりんごを作りだした木村秋則は、自殺寸前にまで追いつめられる。

 僕も自然農法のまねごとを続けてはいるが、種を播いて収穫するだけ、というわけにはいかない。
 生態系が完全に機能しているとはいえない市民農園では、やはり肥料をやったほうが収穫量が多いし、大根などの根菜類も耕したほうがいいものが採れる。
 草をそのままにしておくと、市から除草するように電話がかかってくる。

 自然の一部である人間が、自然から遠ざかろうとする。それを文化というのかもしれない。
 カルチャー(文化)という言葉は、本来は耕されたところという意味らしい。耕さない農法は、非文化的な農法だ。
 人間は自然と文化の間で、振り子のように揺れている。片方にばかり揺れることはできないのかもしれない。

三つ葉 三つ葉を摘んできて、しおれないようにジャムの瓶にさした。
 この三つ葉は種を播いて3年になるが、何もしていない。毎年自然に大きくなり、種がこぼれて、また新しい株が育つ。
 究極の自然栽培は、山菜採りと同じように採集するだけ。






間引きと木枯し紋次郎

 先月播いた大根の最終間引きをした。一か所2本にしておいたのを1本にする。もう小さな大根ができているが、このころの間引き菜は、とてもおいしい。
 あと3週間もすれば立派な大根になるる予定。

 大根1回目間引き  大根間引き前  大根間引き
    最初の間引き後        2回目の間引き前         間引き大根 

 40年ほども前「木枯し紋次郎」というテレビドラマがあった。竹串をくわえた紋次郎が、その竹串を吹き矢のように吹いて敵を倒した。そして、「あっしには何の関ありもござんせん」というクールな物言いが人気だった。
 その紋次郎、生まれてすぐ口減らしのために殺されかけたという生い立ちを持つ。間引きされそうになるところを姉に助けられた、ということになっていたと思う。
 間引きをするとき、よくこの話を思い出す。江戸時代の農村では、こんなことが行われていたのか、と当時ドラマを見ながら,悲しく思った。
 間引きしている野菜も生きているものなので、無駄なくきちんと食べなければならないと思う。

       ニンジンの虫 
 ニンジンについた芋虫。つかもうとすると角を出して、においを出した。何の幼虫だかわからないが、これも一生懸命に生きている。命の循環の一部を担っているのだが、駆除せざるを得ない。

      オクラ
 オクラの実がとりごろになっている。初めてオクラが成っているところを見た時には驚いた。てっきりぶら下がっているものだと思ったからだ。
 このオクラの収穫もそろそろ終わり。
 生き物の世界は、素晴らしい驚きに満ちている。

  

オカリナの調整

 C管が焼きあがったので、チューニング、調整。
 様々な道具を使って、いろいろな場所を削る。自分で作った道具も多い。
 オカリナ製作者がどのような道具を使うのか、興味津々である。初めて、著名なオカリナ制作者で演奏家のN先生にお会いした時、僕が頼んだのは、道具を見せてほしい、ということだった。そして快く見せていただいた。
 法隆寺の鬼と言われた宮大工西岡常一が全国から法隆寺の修復のために集まった若い大工に対して、道具検査、をしていた。道具を見れば、その大工の力量が分かるということだ。
焼成後の調整 
  で、今回の調整だがいつものことだが高音域の音が少し割れる。ウインドウェーをはじめとして、様々な場所を削り、磨く。
  ウインドウェーは、乾燥と焼成で、微妙にゆがみが出る。このゆがみが、音抜けには決定的な影響を及ぼす。乾燥後、なんだ、と思う音になるのは、ほとんどがこのゆがみが原因。
 ダイヤモンドやすりや、サンドペーパーなどを使って、微調整をしていくが、下手をすると、吹き出し口のエッジが欠けてしまうこともある。

 3時間かけて調整したが、音割れはなおらなかった。
 原因は最初から分かっている。歌口がほんの少し大きいのだ。他をいじれば何とかなるのではないか、と思ったがやはりだめだった。
 焼きあがってから歌口は大きくすることはできても小さくすることはできない。
 歌口の大きさは、微妙で、小さくすると、高音域、低音域が、詰まって出ない。歌口は、大きいほうが、音がよく響くが、大きくしすぎると、音割れして、もっと大きくなると、かすれる。
 いい音がする歌口の大きさはピンポイント。ちょうどいい大きさの歌口を形成するのは簡単ではない。
 さて、このオカリナどうしよう。廃棄処分にするには、しのびない…。

江ノ島裏磯

 2015年10月5日
 一年ぶりに江ノ島裏磯へ青物釣りに行った。
朝の裏磯 朝3時半起床。一番列車で片瀬江ノ島に6時15分に着く。
 曇りで、風があり気温が上がらないが、波は高くない。釣り場には、ウイークデーだというのに20人以上の人がいる。ルアーマンは、3人いたが、7時過ぎには一人になった。
 釣りの準備をしていると形のいいイナダをぶら下げて歩いている人がいる。釣ったのではなく、ルアー釣りの人からもらったらしい。
 イナダが釣れるのだな、と思いわくわくする。                朝の裏磯ボラ場
ウルメイワシ
 新しく作ったジグスプーンととんがりサビキで始める。8時頃とんがりサビキに小さなウルメイワシがかかった。1匹なのでリリース。
 イナダがエサ釣りの人たちにぽつぽつかかっている。
 9時過ぎに、スロージグを使っていると明らかにイナダの当たり。ヒット、と言って隣のルアーマンを見た後すぐに軽くなり、…バレてしまった。                                イワシと6㎝スロージグ
 よそ見なんぞせずにしっかりやり取りすべきだった。
 イナダが時々餌釣りの人たちの中で釣れていた。江ノ島の階段
 その後どうしてもイナダを釣りたくて、1時半頃まで粘ったが、全くヒットしなかった。
 帰る準備をしながら、同じように帰り支度をしている人と、話をした。イナダ3にソーダ2を釣った、とのこと。
 この日、10本以上のイナダが周りで釣れるのを見た。
 エサ釣りとルアー釣りの差があるにしろ、釣る人は釣っているのだと思うと、やはり、まだまだ経験と研究が足りないと思った。
 しかし7時間近くほとんど休みなく、フルキャストをし続けると、やはり疲れた。イナダ釣りたかった!                   裏磯からの登りのきつい階段
 そして江ノ島の帰りの山越えは、疲れた体にこたえた。

プロフィール

森秀文

Author:森秀文
多摩美術大学絵画科卒
長く木版画の制作にいそしむ。
1991年頃よりオカリナの制作を独学で始める。
オカリナ演奏を山本千恵子に師事。
ギター演奏を長谷川郁夫に師事。
現在「くじらギター重奏団」メンバー。
ルアー・フライフィッシング、野菜の栽培も行っている。

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