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19世紀ギターの魅力

 「19世紀のギターと音楽の花束」と題された長谷川郁夫先生と岡野聡子さんのコンサートに行った。
 19世紀のオリジナルギターを使用した、当時の楽曲の演奏会である。
 長谷川先生の、いわゆる古楽器による演奏は、何度も聞いているが、こんなにまとまった演奏会は、初めてのことだ。
 デジタルの硬質で、大きな音に囲まれた耳には、とても柔らかく、甘い音がなんとも心地よかった。
 久しぶりにレコードの音を聞いたとき、レコードというのは、こんなに和らかな音だったのだ、と思ったことがある。その時と同じような、えもいわれぬ懐かしい感覚がよみがえってくるようだった。
 当時の楽曲も、優雅で、美しく、楽しいものだ、ということにあらためて気づかされた。
 10か月、練習した、とおっしゃっていたが、1回の演奏会で、終わってしまうのは、なんとももったいない。
 せめてCDなど録音されたものでもいいから、欲しいな、と思った。
 生ではなくともその雰囲気だけでも味わいながら、コーヒーなど飲みながら何度も聞いてみたい、と思わせる音楽だった。
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第21回長谷川音楽教室 ギターをもっと楽しむ会

 年2回行われる通称「楽しむ会」も21回を数え、僕はくじらの黒川さんと並び、いつの間にか皆勤で参加している。
 この会は、内輪の発表会で、先生方からの講評がいただける、いわば講習発表会。
 長谷川音楽教室に学ぶ人々とも顔見知りになり、今回も反省会(打ち上げ飲み会)は大盛り上がりだった。
 ただ僕の演奏は、いつものごとく不甲斐ないものにま終わってしまった。
 みんながうまく演奏しているなかでは惨めなものだ。やはり練習が足りないのだと思う。 しかし、決して練習しなかったわけではない。練習が足りなかった、というより練習が間に合わなかった、という感じなのだ。楽しむ会までには、もっと弾けるようになっているだろうと思っていたのがそうならなかった。つまり、自信のないまま発表の日をむかえたのだ。
 ソロ演奏では、手が震えて、演奏が中断してしまった。普段の練習の半分も弾けない。
 手が震えるのは、自信がないからなのだろうと思う。
 つまり、自信がつくまで練習しておかなければならなかったのだが、そこまでの練習はできていなかった、ということだ。
 それに加えて、おそらく6月の「やさぎコンクール」の最後に手が震えて、一時演奏できなかった経験がトラウマのようになって恐怖をさらに感じるようになってしまったのかもしれない。
  絶対に間違わない、という自信があれば、恐怖も起こらないのだから発表前には間に合うように準備をしなければならない。
  帰宅し妻にこの話をすると、毎回同じことを言っている、とまたまた言われてしまった。

 今回も長谷川先生が、MORI OCARINAを吹いてくれた。
 僕がギター伴奏で、スパニョレッタという曲を演奏したのだが、やっぱり間違えて、うまく弾けなかったけれど、何とかついていくこ とはできた。
 この演奏を通して、うれしいことにオカリナに興味を持てくれた人がいる。
 長谷川先生は、オカリナはアマチュアとして楽しんでいる、とおしゃっていたが、まさに楽しむ会ならではである。
 やはり音楽は楽しまなければ…。

  

爪を切った、その後

 右手の爪を切って、2週間がたった。
 指先の痛みは、1週間ほどで、ほぼなくなったが弾弦はなかなか思うようにはいかなかった。
 爪があるときのつもりで、弾弦するとかすれたような小さな音しか出ない、下手をすると空振りする。
 強く弾くと音は大きくなるが、ぺたぺたした感じの音になり、雑音が混じるような音になる。
 くじらのメンバーから指摘されたのだが、短くしたはずの爪が、わずかに当たって雑音を発しているようなのだ。
 こんなので、思うように弾けるようになるのかと、不安になった。
 しかし、毎日ギターを弾いていると、時々、いい音がすることに気づいた。
 指先のタッチの新鮮な感覚を楽しみながら、毎日少しづついろいろ試してみる。
 2,3日前にやっと気づいたのだが、爪を使って弾く時よりもかなり指の内側で弾く感じにするといいらしい。指先で、弦をつかむ感覚で弾くときれいな音が出てくるようだ。
 今日、長谷川先生のレッスンがあり、きれいな音が出ている、と言われ、何とか先が見えてきた、と思った。
 まだ、トレモロや早い奏法は、うまくいかない。
 ただ、弾き終わった弦の振動が残っているときに弾弦する場合、爪が当たって出る雑音の心配は全くなくなった。
 また、低音の巻き弦に爪が当たって、がりがりという感じの音の心配もない。
 爪を使った音とは、本質的に違う音だが、指の角度や、弾弦の方向を工夫しなければ、いい音が出ないことには変わりがない。
 新しい奏法をマスターするのである。
 始めて2週間、まだまだこれから……。

爪を切る

 やさぎコンクールが終わって、二日目、右手の爪を切った。
 爪は伸びたら、誰でも切るものなので、それがどうした、と思われるかもしれない。
 しかしこれは、結構決断力のいるものだった。
 クラッシックギターを弾く人間にとって、右手の爪は、切るものではなくやすりで削り、指先より伸ばして、絶えず形を調整し、磨くものなのだ。
 僕は、ギターを弾くようになった中学2年から、ほとんどの間、指先よりも爪を短くしたことがない。
 長く伸びた爪は、様々な場面で、引っ掛かり、割れたりかけたり、身体や柔らかいものを傷つけたりと厄介なものだ。
 爪はナノレベルで、ギターの音に影響し、絶えず手入れをしなければならない。神経を使う。演奏会前に割れたりすると、接着剤を使って補修したりするが、どうにもならない。
 畑仕事や、釣りをするときに、この長い爪は、ガサガサになる。オカリナの粘土に傷をつける。

 僕のギターの師匠長谷川先生は、指頭奏法という爪を使わない弾弦法を研究し、実践している。
 当初は、ガット弦を使った、古楽器を弾く時に爪を切っていたようだが、数年前より爪を伸ばされなくなった。
 お弟子さんの中にも指頭奏法をする方が出てきた。
 古くから爪を使わない奏法というのはあったらしく、今でも少数ではあるが、指頭奏法の演奏者はいるのだそうだ。
 長谷川先生から、指頭奏法の良さを聞かされ、「楽だよ、こっちの世界においで」などと言われ、一度試してみるのもいいかな、と思っていた。

 コンクールが終わり、次の演奏会のない今が、それを試すチャンスだと思い、思いきって、切った。
 と言っても、やすりで短くしたのだが、長く爪に守られていた指先は、深爪をした時のように痛みがあり、強く弾弦することができなかった。
 音も小さい音しか出ず、柔らかすぎる音しか出せない。
 1週間たち、痛みはなくなったが、まだまだ音は、いいものにはなっていない。
 さて、これからどうなるか、また伸ばそうか、という気になるかもしれないが、しばらくは頑張ってみるつもりだ。

やさぎコンクール 金賞

 日本ギター合奏連盟主催の重奏フェスタの中で行われる「やさぎコンクール」に昨年に続き「くじらギター重奏団」のメンバーとして、参加した。
 昨年から始まったコンクールで、昨年は銅賞をいただき、今年は何とか最高の賞を、と意気込んだ。
 準備や練習、も順調で、長谷川先生のレッスンでもいい感じで、仕上がっていると言われ、うまくいけば…、とますますその思いは強くなった。
 順調に進んでいた自分の練習だが、余裕があると思っていたのに直前になってもミスするのではないか、という不安が除けない。
 というのも、一月ほど前に2曲目、最後の部分の伴奏のベースの部分をカッティング奏法で、と先生に言われ、何とか弾けるようになったものの、余裕のあるものにはなっていなかったからだ。

 楽屋に入り、準備をしていると、明らかに緊張しているのが分かる。
 ステージ袖に行ったときには、胸の鼓動の高鳴りが、どうしても治まらない。
 仕方がない、そのままステージに出て、演奏を始める。
 緊張はピークに達していたが、何とかミスなしで、演奏することができた。いよいよ、最後の部分、と思ったとたん、右手が、震え始め、うまく断弦できなくなった。その後また音を出すことができたが、どうすることもできなかった。
 演奏後、メンバーには、ただ謝るしかなかった。
 コンクールでの、ミスは、許されないだろう。自分のせいで、金賞を逃したことになるだろうと思うと、サヨナラエラーをしてしまった野手ように、穴があったら入りたい気持だった。
 僕のミスをカバーしてくれ、慰めてくれるメンバーには、本当に申し訳なかった。
 客席にいた人たちは、一番良かった、僕のミスには気づかなかった、と言ってくれたが、審査員にわからないはずがない。

 やさぎコンクールに続き、重奏コンクールが行われ、客席で、今年もその演奏を聞いた。
 昨年にも増して、卓越した技量に裏打ちされた素晴らしい演奏が続き、甲乙つけがたくどこが金賞をとてもおかしくないようだった。
 重奏コンクールに無謀にも参加し、一般奨励賞をいただいた7年前に比べるとはるかにレベルが上がり、海外からの参加者もあり、参加数も多くなった。
 若い人々が、演奏家を目指す登竜門のひとつであるため、参加者も生半可な覚悟ではないはずだ。人生をかけたコンクールというのも言い過ぎではないかもしれない。
 クラッシックギターという決してメジャーではない楽器に対してこれだけ音楽性豊かで、優れた若者たちがいるということに、あらためて素晴らしいと思った。

 さて、審査発表と表彰式だが、……時間になっても始まらない。やはり審査はもめているのだろうと平沢さんと話し合った。
 予定より20分ほど過ぎて、集計に時間がかかり、というアナウンスの後ようやく始まった。
 最初は、特別審査員の大萩康司氏より講評があった。
 審査の基準、アンサンブルでの大切なこと、演奏の情熱とスキルの問題など、とても爽やかな講評だった。彼はやはりナイスガイである。
 その後、「イケメンに代わって、ボケメンが」、と言いながら審査委員長から審査発表があった。
 初めにやさぎギターコンクール。銅賞、銀賞、その他の賞の中にくじらギター重奏団はなかった。残るは金賞と思いきや、銅賞…と言ったので、今年は金賞なしの銅賞なのかな、と思った。
 しばらくたって、金賞くじらギター重奏団。
 ああよかった。本当によかった、きっとマイナスの評価ではなくプラスの評価をしてくれたのだろうと思った。

 何はともあれ、金賞である。
 これで、おそらくコンクールは、卒業ということになると思う。
 しかし、コンクールに出演するということで、随分演奏は進歩し、有意義な時間が過ごせた。
 結果がよかったからかもしれないが、金賞よりもそのことの方がずっと意味があるのではないかと思う。
プロフィール

森秀文

Author:森秀文
多摩美術大学絵画科卒
長く木版画の制作にいそしむ。
1991年頃よりオカリナの制作を独学で始める。
オカリナ演奏を山本千恵子に師事。
ギター演奏を長谷川郁夫に師事。
現在「くじらギター重奏団」メンバー。
ルアー・フライフィッシング、野菜の栽培も行っている。

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