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なじみの店とコロナ

 先月、コロナ騒ぎの中、なじみの百円ショップが閉店した。
 オカリナ制作や釣り具の素材や材料をはじめ、様々なものを買いに行った。
 個人経営の店で多分家族3人で切り盛りしていたようだった。
 近くにダイソーや、キャンドゥなど大手の店がある中、消費税が5%の時は100円で通し、8%になっても105円に値段を据え置いていた。
 大手の店では、店員の顔を覚えることもなく、言葉を交わすこともほとんどないが、この店では、欲しいものを注文してもらったりもした。

 かつて個人経営の店が主流だった商店街は、ほとんどがチェーン店に代わり、地方の商店街はシャッター通りと化した。
 八百屋さんや、魚屋さんなどと呼ばれるなじみの店がなくなっていった。
 若い頃には、画材屋のおやじと酒を飲み、行きつけの本屋や、喫茶店、飲み屋があったが、そんな店も次々になくなった。
 スーパーマーケットと、コンビニ、ホームセンター、あとはネット通販で、という生活に代わってしまった。コンビニなどでは、もう無人化が始まっている。
 人を介さない、人の顔が見えない買い物…、そこには、買い物の喜びやドラマがない。
 人の営みは様々なものと複合的にかかわりながら行われるもので、全ての事柄が、その目的のためだけに特化してしまったとき、人間はとても大きなものを失ってしまうのではないかと思う。

 新型コロナウイルスの流行は、人と人を離れさせる。
 ウイルスは思っているかもしれない、人間たちが、望んできたことではないのかと。
 これからはテレワークやすべての事柄に無人化が促進され、人と人とのつながりがさらに希薄になっていくのだろうか。直接的なつながりがなくなり、仮想現実の中で過ごすことが当たり前になる時代が来るのだろうか。
 それでも、つながっているという感覚、実感を何とかして失なわないようにしたいと思う。
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スカーレット

20 3 29オカリナ 書こうと思って、いながら朝ドラの「スカーレット」、もう終わってしまった。
 モデルの神山清子さんの壮絶な、陶芸家としての生き方は、田中裕子主演で、「火火(ひび)」という映画にもなっているが、こちらは、以前テレビで観て、その壮絶さに感動したものだった。
 女性が陶芸をやるというのは、当時大変なことだったらしいが、そんな中で、穴窯、自然釉薬によるスカーレット(緋色)を復元されたらしい。
 この緋色は信楽土の鉄分が変容したものらしいのだが、MORI OCARINAも信楽粘土を使っていて、MORIOCARINAの緋襷の色は理論的にはスカーレットと同じものなのだと思う。ただ、高温で焼かれた穴窯の信楽焼と、オカリナの素焼きではニュアンスが違うとは思う。

 昨年、アケタの社長明田川荘之さんと話す機会があった。
 最近のオカリナの硬い粘土を使うことによる音の硬さを嘆いておられて、アケタオカリーナは朝ドラの「スカーレット」と同じ信楽の土を使っている、とのことだった。
 磁器に近いような粘土で高温で焼かれたオカリナは、見た目にも、きれいなのかもしれない。デジタル音に慣らされた耳には、クリアーでいい音に聞こえるのかもしれないが、それは、 例えれば、木綿の肌触りに対する化繊の肌触りのような気がする。
 神山清子さんの作品は、朝ドラでも本物が使われていたが、決して磁器のようなきれいなものではない、独自の表現力を持った美しいものだと思う。

もっこく池

もっこく池 故郷の香川県善通寺には、高齢の母が一人暮らしをしているので、時々帰省する。
 香川には溜池がたくさんあり、府中湖をはじめバス釣りでは有名な池がたくさんあるのは知っていたが、昨年末もっこく池というニジマスの釣れる池があることを知った。
 幸い実家からも近く、これは一度行かなければ、ということで、帰省した3月12日に初めて行ってみた。
 実家から自転車で善通寺駅、塩入駅で下車、そこからタクシー。家を出てから40分あまり、12時半頃着く。
 餌釣りの人がひとり。聞くと7匹釣ったと言って、話している最中にも一匹釣りあげる。
 これは魚がいるなあと思い僕も近くで竿を出すと、最初からあたりがあり、数回投げたら36cmニジマスが釣れる。
もっこく池2 坊主覚悟での釣りだったので、幸先よく、これは楽勝、釣れるぞ、と思いきや、それから頻繁に当たりがあったものの、3匹ばらした、その後あたりがなくなった。
 その間も餌釣りのひとは何匹か釣りあげた。
 僕の後から来た若いルアーマンは、ここへ来るのは2回目だけど、餌釣りの人が釣ったのを見て、ニジマス釣れたの初めて見ました、バスしか釣ったことがないので、と言い、餌釣りの人の向こう側で釣り始めた途端、あっ、釣れたつれた、と嬉しそうにニジマスをとりこみ、餌釣りの人に教わりながらリリース。
 ルアーマンが釣ってからあたりがなかったが、しばらくして2回ほどバラした後28cmのニジマスを釣る。
 しかし、それ以降なぜか最後まで、あたりがなかった。
 最初のエサ釣りの人が10匹目を釣って帰ったあと、別な餌釣りの人が、40cmくらいのを7匹以上つっていたのだが僕にはコッツンあたりすらなく、同じ場所で根がかり、フライを3個、タックルを1セットロストしてしまった。ました。
ニジマス36㎝  それにしても、最初釣れていて、餌釣りの人は釣れているのに、全く釣れなくなったのか謎である。
 ルアーマンは池を一周ランガンして帰ったが、あれから釣れましたか、と聞くと、やはり釣れなかったようだ。
 5時半頃納竿。
 帰りに餌釣りの方に餌は何を使っているのですか、と聞いてみると、渓流釣りで使うイクラや川虫のようなものではなく様々なものを使ったオリジナルのもののようだ。
 この方も先の餌釣りの方も地元の常連さんらしいが、魚をリリースするのにとても気を使っているようだった。
 もっこく池は溜池にしては水がきれいで、この日は天気もとてもよく、眺めも素晴らしい。気持ち良く釣りができた。釣れる魚もとてもきれいだ。
 キャッチアンドリリース区間のある川はあるが、もっこく池のような溜池でキャッチアンドリリースを義務づけたところは日本では珍しいのではないだろうか。もしかしたらもっこく池だけかも知れない。
 もっこく池利水組合の方々の努力とこの池の釣り人のマナーの賜物だと思われる。
 バス釣りで有名になり、釣り禁止になった溜池が沢山ある。
 願わくば景観や生態系を守り、色々な意味で荒れた池にならないよう、もっこく池のような取り組みが全国の池に広がればいいと思う。
 そして、こんど行く時はは大物を沢山釣り上げたい。

初釣り FU秋川湖

アルビノ 36㎝ 10日に初釣り。今年もFU秋川湖。
 東京近郊で、平均サイズが、40㎝以上になるような管理釣り場はここ以外にはない。
 10月下旬からから、5月の連休までの営業している。その期間はだいたい毎週行く。
 完全リリースの釣り場だが、レギュレーションは、バーブレスフックは義務づけられているが餌釣でなければ、だいたいOK。
 僕はここで、他ではできないルアーロッドで、ダウンショットリグにフライをつけた釣りをしている。
 
 さて釣りだが、ここの釣りは、簡単ではない。
 7時のオープンから5時のクローズ間際まで釣って、19匹、最大49㎝という釣果だった。
 平均1時間2匹がやっとという数である。そのうちアルビノが4匹も釣れたのはよかったけれど…。
 穏やかな天気で、思い出したようにぽつぽつと退屈しない程度に釣れる。
 どんな釣り方をしたらいいのか、フライは何を選べばいいのか、魚の棚は、と次々に考えながら釣っていると突然あたりが来る、魚とのやり取りに集中して、何も考えなくなる…。
 このような無心の状態は、他の何にも代えがたい。
 今年もそしてこの先も、いい釣がしたいと素直に思う。
 幸せでなければ、いい釣りはできないから…。

第22回長谷川音楽教室ギターを楽しむ会

 あけましておめでとうございます。
 
ウード2 今年は新年5日からギターを楽しむ会が行われた。新年早々ということもあり、参加者は、いつもよりも少なかった。
 僕は、ソロで、「シンドラーのリスト」、先生のオカリナの伴奏でシューマンの「メロディー」を演奏した。
 毎回あがってどうしようもないソロの演奏は、ミスはしたものの何とか、弾き終えることができ、伴奏の方はほとんどミスなく弾き終えることができやれやれである。
 毎回弾き終えた後、暗い気持ちで残りの演奏を聞くことが多いのだが今回は、演奏を楽しむことができた。
 ギターを楽しむ会、文字通り様々なギターの演奏の発表会だ。クラッシックはもちろん演歌の語り引きから、ボサノバ、ポピュラー、Jポップ、なんでもござれ、である。オカリナや、ルネッサンス期の継ぎ目のないフルートなども演奏された。
 そんな中でも今回の目玉は、なんといってもアラビアの音楽だった。
 
 これは、リュートですか、と今回初参加と思しき女性が持っていた楽器を聞いたところ、ウードですとのこと。リュートと同じような形で、透かし彫りの美しい楽器だ。
 リュートと違い指板にはフレットがない。弾弦は、プラスティックの、アイスクリームのスティックのようなもので行う。
 この楽器の持ち主Yさんによるとアラビアの音楽には、音階が300以上あるとのこと。その音階、半音が混じり、その音も半音の半分くらいずれたりずれなかったりしているらしい。
 Yさんは、ウードでヨーロッパの音楽を弾くために長谷川先生の門をたたいたらしい。
 ウードに出会う前に、ギターの演奏もされていたとのこと。
 今回ソロとYさんが編曲したギター2本とのアラビアの曲を演奏してくれた。
 初めて聞くアラビアの音楽、ウードの音はどこかで聞いたことがあると思わせる魅力的な音だった。

 音楽は西洋音楽が基本であり、どんな音楽も、西洋音楽に集約でき、変換できると思いがちだが、世界には様々な地域に様々な音楽があり、それは西洋音楽の概念やシステムを超えたものが沢山あるのではないかと思う。
 そこでは、音楽を感じる感覚も様々であるに違いない。
 このような音楽の多様性に、音楽の未来の可能性を感じるのは僕だけではないと思う。
プロフィール

森秀文

Author:森秀文
多摩美術大学絵画科卒
長く木版画の制作にいそしむ。
1991年頃よりオカリナの制作を独学で始める。
オカリナ演奏を山本千恵子に師事。
ギター演奏を長谷川郁夫に師事。
現在「くじらギター重奏団」メンバー。
ルアー・フライフィッシング、野菜の栽培も行っている。

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